CULTURE
世界が集まる村のスキーカルチャー
2026年の春、ニセコで歴史が動いた。世界最高峰のフリースタイルセッション「Swatch Nines」が、日本で初めて開催されたのだ。舞台に選ばれたのは、ヨーロッパのグレイシャーでも北米のビッグリゾートでもなく、北海道の小さな村・ニセコだった。
雪を彫刻のように削り出した巨大なコース。世界中から集められたトップライダーたち。そのスタートリストに、地元ニセコ出身のスキーヤーの名前があった。佐々木玄。招待ライダーとして、生まれ育った山で、世界のトップシーンを迎え撃つ。
結果は誰もが知るところとなった。Ski Men Best Trick賞を受賞。さらに仲間とともに挑んだ超特大キッカーでは、クワッドバックフリップ ─ 4回転の後方宙返り ─ を成功させる。その映像は瞬く間に世界を駆け巡り、海外メディアは「send of the year(今年一番の挑戦)」と書き立てた。
ニセコはなぜ特別なのか
ニセコの雪は「JAPOW(Japan Powder)」という言葉を世界に広めた立役者だ。シベリアからの季節風が日本海の水分を抱え、山にぶつかって落とす雪は、乾いて、軽く、そして絶え間ない。安定して降り続けるパウダースノー、蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山を望むロケーション、コンパクトな村に凝縮された山の文化。世界のスキーヤーが憧れる条件が、ここには揃っている。
だからこそ人が集まる。リフト券売り場に並ぶ言語は年々増え、村の夜は世界中のアクセントで賑わう。ニセコはいま、アジアで最も国際的なスキーの村と言っていい。
「外から来る文化」と「ここで育つ文化」
一方で、ニセコのカルチャーは「外から来た人たち」だけで作られてきたわけではない。地元で育ち、この山の雪の付き方も、風の向きも、木の間隔も、誰よりも体で知っているローカルたちがいる。佐々木玄がリーダーを務めるフリーライドコレクティブ「Bonz」も、そのひとつだ。上映会ツアーやフリーライドの大会を通じて、日本のライダーが日本の山で培ったスタイルを、自分たちの手で発信し始めている。
世界とローカル。外から来る刺激と、ここで育った眼。その両方が交差するところに、この村にしかないスキーカルチャーが生まれている。Swatch Ninesのニセコ開催は、その交差点が世界地図に載った瞬間だったと言える。
ローカルが発信するということ
世界が日本の雪と山に注目しているいまだからこそ、日本人が、そしてニセコのローカルが自分の言葉で発信する価値がある。外から紹介される「観光地ニセコ」ではなく、この村で生まれ育った人間が見てきた「ホームとしてのニセコ」。リフトの下の何気ない斜面に、実はどれだけの遊びが詰まっているか。吹雪の日の楽しみ方。春の雪の匂い。それを語れるのは、ここで育った人間だけだ。
フリーライドという競技はオリンピック種目に採用され、日本のフリーライド文化は次のフェーズに入ろうとしている。その転換点に立ち会うローカルとして、このマガジンではニセコのスキーカルチャーのいまを記録していく。
